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相撲

宇良、木瀬部屋入門 関学大初の角界入り

宇良、木瀬部屋入門 関学大初の角界入り  

  アマチュア相撲の全国学生個人体重別選手権で昨年、無差別級3位に入った宇良和輝(22=関学大4年)が大相撲の木瀬部屋に入門することが決まった。関学大が5日、発表した。12日に記者会見を開く。1890年ごろ創部とされる関学大から初の角界入りとなる。

  宇良は172センチ、107キロの小兵で奇手の居反りや足取りが得意。春場所(3月8日初日・大阪市ボディメーカーコロシアム)の新弟子検査に合格すれば、前相撲からデビューする。

  大阪府寝屋川市出身。京都・鳥羽高から関学大に進み、相手の懐に潜り込んで後方に反って倒す居反りを繰り出す異色選手として注目され、テレビ番組でも取り上げられた。一昨年の西日本学生選手権個人で準優勝。海外の大会でも活躍した。

  木瀬親方(元幕内肥後ノ海)が師匠の木瀬部屋は現在、角界最多の力士34人の大所帯。日大出身の幕内常幸龍や近大出身の幕内徳勝龍など数多くの学生相撲出身力士が所属している。

豪栄道「準備して臨む」大関初ご当所

豪栄道「準備して臨む」大関初ご当所  

  大関豪栄道(28=境川)が3日、地元大阪府寝屋川市の成田山大阪別院と、同枚方市茄子作の春日神社で豆まきを行った。

  成田山は8年連続、春日神社は5年連続で参加と節分の恒例行事となっているが、大関昇進後は初めて。地元ファンから「大阪場所は優勝や!」「大関頑張れよ~」などと激励の声を多数もらった豪栄道は「大関に上がって帰ってきて、来てくれた人が喜んでくれればうれしいですね」と話した。初のかど番だった初場所では苦しみながらも8勝7敗で勝ち越し、ご当所の春場所(3月8日初日、大阪・ボディメーカーコロシアム)も大関で迎えられる。「体を全体的に鍛えて、しっかり準備して臨みたい」と意欲満々。過去3年の春場所は12年が12勝、13年10勝、14年12勝と好成績が続いている。昨年秋場所の大関昇進後は不本意な成績が続いているだけに、地元で巻き返しを狙う。

道をならした旭天鵬/相撲連載4

道をならした旭天鵬/相撲連載4  

 <白鵬に至るSUMO道:4>

  これまで55人のモンゴル人が入門した。白鵬もその1人。01年春場所で初土俵を踏んだとき、日本にはモンゴル人留学生も多く、集まりもあった。だが、昔は違う。92年春場所、6人のモンゴル人が初めて大相撲に来た。幕内旭天鵬(40=友綱)も、その中にいた。

  旭天鵬 当時、日本にモンゴル人はほとんどいない。学生もまだ留学していなかったと思う。店なんてないし、モンゴル人と会うことは、まるでなかった。

  91年にモンゴルで開かれた大島部屋の新弟子募集に参加し、合格した。92年2月21日、6人で来日した。

  旭天鵬 うれしかったね。当時、モンゴルで一番はやったのはソニーのウオークマン。すごいと思った。相撲うんぬんでなく、日本という国に行きたかった。

  だが、半年後の8月、脱走を試みた。慣れない文化。すがれる同胞は1人もいない。母国とは手紙とビデオレターのやりとりのみ。ホームシックが大きかった。残ると決めた1人以外、モンゴル大使館に駆け込んだ。説得で元小結旭鷲山ら2人は残ったが、旭天鵬はかたくなに帰国を望んだ。

  その1カ月半後、師匠の大島親方(元大関旭国)に説得されて、1人だけ戻った。渋々の再来日。部屋では無視もされた。そこで負けん気が出た、稽古も雑用も進んでこなした。最初と違う姿に、周囲の目が変わった。認めてくれた。認めさせることができた。

  あれから22年余り。ただ1人残ったパイオニアは、白鵬の偉業を間近で見た。

  旭天鵬 横綱はすごい努力やプレッシャーと闘ったんだと思う。1期生としてうれしいね。日本の文化になじんで、歴史を勉強しながらの結果。そこには、国境は関係ないと思うんだ。

  偉業達成は、幾多の苦労を乗り越えた本人の努力のたまもの。だが、決して1人で成し得たものでもない。先駆者たちが懸命にならした道がある。その道が、大記録につながっていた。【今村健人】(おわり)

白鵬の批判 祝宴の酔いか蓄積した思いか

白鵬の批判 祝宴の酔いか蓄積した思いか  

  大相撲初場所で史上最多33度目優勝を全勝で飾った横綱白鵬(29=宮城野)が26日、審判部を痛烈批判した。東京都墨田区の宮城野部屋で行われた一夜明け会見で、取り直しになった13日目の稀勢の里戦について言及。納得いかない様子で「子供が見ても分かる。なぜ取り直しになったのか。2度とないようにやってもらいたい」などと、異例の注文を付けた。史上最多優勝直後に飛び出した白鵬の失言だけに、厳しい対応が予想される協会と、今後の白鵬の言動が注目される。

  明け方近くまで続いた祝宴の酔いが残っていたのか。それとも、これまでこらえてきた思いがあったのか-。史上最多33度目優勝を遂げた白鵬が、異例の審判部批判を繰り広げた。

  約1時間遅れて、午前11時30分から始まった一夜明け会見。近い関係者によると前夜はモンゴルの親族や友人らとの酒席で、記憶をなくすまで飲む人もいたという。白鵬の声もしわがれていたが、顔は達成感からか笑っていた。会見の冒頭、大記録を全勝で決めた気持ちを問われた時だった。柔和な表情のまま「疑惑の相撲が1つあるんですよね。これはいかがなものか」と問題提起し始めた。

  それは、13日目に同体取り直しとなった稀勢の里戦。「勝ってる相撲ですよ。帰ってビデオを見た。子供が見ても分かるような相撲。なぜ取り直しになったのか。もう少し緊張感を持ってやってもらいたい」と、審判部に“通告”。質問が変わっても、止まらない。

  「ビデオ判定の方も、元お相撲さんでしょ。取り直しの重みも一番分かっているはずじゃないの。2度とないようにやってもらいたい。本当に肌の色は関係ないんだよね。土俵に上がって、まげ結ってることは日本の魂なんですよ。みんな同じ人間です」と訴えた。

  角界の父と仰ぐ大鵬の連勝が「45」で止まった69年春場所2日目の戸田戦も、引き合いに出した。「勝った相撲が、負けになった。それからビデオ判定ができたのに。本当に悲しい思いでした。こっちは命を懸けてやってますから」。

  13年九州場所では稀勢の里に敗れた後、観客が万歳する姿を見た。敬愛する横綱双葉山の連勝を「69」で止めた安芸ノ海が「勝って騒がれるより、負けて騒がれる力士になれ」と言われた話も理解はしている。だが、日本人なら感じる必要のない壁にぶつかり蓄積されてきた不満が、二日酔いも手伝って爆発したのかもしれない。この日の会見では「引退してほしい人もいるんだろうけど、もう少し温かく応援してほしい」と、切実な思いも口にした。

  本人しか分からない葛藤があるのかもしれないが、今回の審判部批判は軽率と言われても仕方ない。大鵬は微妙な裁きで連勝が止まった後も「ああいう相撲を取ったのが悪かったよ」と不満を口にしなかったという。白鵬も前日に「大鵬親方の大記録を数字では超えたかもしれないが、精神的なものはまだまだだと思うので頑張っていきたい」と話したばかり。最強横綱だからこそ、さらに心を磨く努力が求められる。【木村有三】

稀勢「終わり方が悪いと…」日馬に完敗

稀勢「終わり方が悪いと…」日馬に完敗  

 <大相撲初場所>◇千秋楽◇25日◇東京・両国国技館

  大関稀勢の里(28=田子ノ浦)は、横綱日馬富士(30=伊勢ケ浜)に完敗し、11勝4敗で新年最初の場所を終えた。

  横綱の素早い立ち合いに圧倒され、左からおっつけられてズルズルと後退。土俵際で残ろうとしたところを、今度は強烈なのど輪で押し込まれ、そのまま押し倒された。

  北の湖理事長(61=元横綱)は「この一番に勝って2横綱を倒しての12勝と、11勝で終わるとでは印象が全然、違う」と、2日前に白鵬の優勝が決まったとはいえ、注目の一番だった。速攻相撲でアッサリ敗れ「力の差を見せつけられたね。今日のような相撲が“あの時の負け方はダメだったな”と後で響いてくるんだ」と同理事長。

  支度部屋に戻った稀勢の里は、絞り出すような声で「(立ち合いは)当たり負けないように」と話した。「いい状態で臨んだんだけど、終わり方が悪いと気分が悪い」と話し、後は質問に対する答えが出なかった。

鳥羽の山引退 一番も取れず陥落…

鳥羽の山引退 一番も取れず陥落…  

  元幕内で東幕下50枚目の鳥羽の山(37=出羽海)が24日、7番相撲を取り終えて現役引退を表明した。

  93年九州場所初土俵。190センチ、200キロの巨体を生かした四つ相撲で02年春場所に新入幕を果たしたが、初日の朝稽古で右脚を痛め、そのまま千秋楽まで休場し、幕内は同場所限りとなった。幕内在位1場所で一番も相撲を取れなかった力士は昭和以降初めて。鳥羽の山は「幕内に戻りたかったが、体が限界だった。完全燃焼したので悔いはない」と話した。今後は角界に残らず、断髪式は25日に東京都内で行う予定。

【初場所】琴奨菊、4度目カド番脱出「気持ちだけで勝った」

【初場所】琴奨菊、4度目カド番脱出「気持ちだけで勝った」 
  • 鶴竜を寄り切りで破った琴奨菊は懸賞金を手に引き揚げる

      ◆大相撲初場所11日目 ○琴奨菊(寄り切り)鶴竜●(21日・両国国技館)

      琴奨菊が横綱相手に会心の相撲を見せ、4度目のカド番を脱出した。立ち合いで左四つになり、得意のがぶり寄りで鶴竜を土俵際へ追いつめた。粘る相手を寄り切り、勝ち越しを決めた。「結果論だけど、気持ちだけで勝った。今まで自分を信じて相撲を取った結果」と胸をなで下ろした。

      北の湖理事長は、同じカド番の豪栄道を引き合いに「一か八かの相撲ができている。同じカド番でも自分の形に持っていけている。その差が出た」と指摘した。古傷の右大胸筋や両膝など体調は決して満足ではない。大関陥落の危機を脱し「何で勝ったかというと、しっかり準備ができたから。今、できるのはそこだけ」と自己分析していた。

  • 【初場所】元小結・豊真将が引退 「立田川」襲名、錣山部屋の親方へ

    【初場所】元小結・豊真将が引退 「立田川」襲名、錣山部屋の親方へ 
  • 日本相撲協会に引退届を提出した元小結の豊真将

      大相撲の元小結で東幕下7枚目の豊真将(33)=錣山=が初場所6日目の16日、日本相撲協会に引退届を提出した。今後は年寄「立田川」を襲名し錣山部屋の親方として後身の指導にあたる。

      豊真将は日大から2004年春場所に初土俵を踏み、06年初場所に新十両、同年夏場所に新入幕、11年九州に新小結に昇進した。端正なマスクに加え真っ向勝負を貫き、勝っても負けても深々と礼をする清潔な土俵態度は多くのファンを魅了した人気力士だった。

      敢闘賞5回、技能賞2回を獲得したが13年初場所に左肩を負傷し春場所で十両に陥落。その後は2度の再入幕を果たし不屈の精神力を見せたが、昨年の名古屋場所5日目の横綱・日馬富士戦で右ひざを負傷し以後、休場が続き今場所は幕下に陥落していた。

      ◆豊真将紀行(ほうましょう・のりゆき=本名・山本洋介)山口県下関市出身、錣山部屋。埼玉栄高から進んだ日大を中退し、04年春場所初土俵。06年初場所で新十両。元関脇寺尾の錣山親方が育てた関取第1号となった。同年夏場所新入幕。11年九州場所で新小結。敢闘賞5回、技能賞2回。得意は押し、右四つ、寄り。186センチ、145キロ。33歳。

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